帝国のⅥ号戦車

FC2 Analyzer


※漫画を読んでいて画像の一部が×マークになって表示されない時は更新ボタンかF5キーを押して下さい


ドイツ、ティーガー戦車、タイガー戦車、ティーゲル、ドイツ語、1942年後半からナチス・ドイツ、トーションバー方式無敵の戦車、、第二次世界大戦にドイツ国防軍と武装親衛隊、武装SS,アドルフ・ヒトラー、イワン、スターリン、ソビエトロシア





























次のページへ





他の漫画を読む





ヘンシェル社のVK3601(H)に搭載する予定であったゲルリッヒ砲の開発は、弾芯に用いるタングステンの不足を理由に中止された。VK3601(H)が要求を満たすには、新規に8.8cm高射砲を改造した戦車砲を搭載することが考慮されたが、これを実現するにはターレット幅の拡大、車体の大型化などの変更を行わざるを得なくなった。そこでヘンシェル社ではVK3601(H)の拡大版として新規にVK 4501(H)を設計することとし、これが後にティーガーI として採用された。砲塔には、並行してポルシェ教授がクルップ社で開発していたVK4501(P)の設計を用いた。これは開発期限に間に合わせるためのやむを得ない処置であった[5]。こののち、VK4501(P)は、1942年7月27日にクンマースドルフで行われたVK 4501(H)との比較審査において性能を満たさず、最終的に開発が中止された

ティーガーI の車体形状とレイアウトはIV号戦車によく似ていたが、戦闘重量57tと二倍以上の重さがあった。これははるかに厚い装甲と大口径の主砲を備えていることに加えて、この重量を駆動させるために必然的に大きくなる540リットルの燃料タンクと92発の弾薬格納庫、更に大きなエンジン、強固な変速機とサスペンションを備えた結果であった。

火力[編集]ティーガーI に採用された主砲の砲尾と点火機構は、有名なドイツ軍の8.8 cm 高射砲のものが用いられた。8.8 cm Kwk 36L/56砲はティーガーI のための改造版であり、ティーガーII の8.8 cm Kwk 43L/71とともに第二次世界大戦半ばまでは最も威力があり、終戦まで連合軍に恐れられた戦車砲であった。ティーガーI の主砲は弾道が非常に低伸するものであり、照準機には極めて正確なツァイスのTZF9b照準機を装備していた。砲弾は、被帽徹甲弾である8.8cmPzGr39、合成硬核徹甲弾である8.8cmPzGr40、また榴弾を主に使用した。8.8cmPzGr39は弾頭重量10.16kgで初速は810m/sである。射程2,000mで84mm、1,500mで92mm、1,000mで100mm、500mで111mmを貫通した。8.8cmPzGr40は弾頭重量7.5kgで初速は930m/sである。射程2,000mで110mm、1,500mで125mm、1,000mで140mm、500mで156mmを貫通した。ほかに成形炸薬弾である8.8cmHLGrが用意されており、全ての射程で90mmを貫通する性能を発揮した[7]。この砲の射撃の正確さに関し、戦時中にイギリスで行われた捕獲兵器の試射において、1 km の距離でわずか41 cm ×46 cm の大きさの標的に5回連続で命中させた記録が存在する。ティーガーI はしばしば1.6 km 以上の距離で敵戦車を撃破したと言われる。第二次世界大戦において大半の戦車戦闘は遥かに近距離でなされていた。

機動力[編集]ティーガーI の後部には機関室が設けられている。機関室中央にエンジンを配し、その両側のスペースには燃料タンクとラジエターおよび2基ずつのファンが配置された。機関にはガソリンエンジンを採用した。これは排気量21リットル、シリンダーが60度に配置されたV12型液冷エンジンのマイバッハHL210P45で、最高出力は650馬力であるが57tのこの巨体には充分でなかった。この機関は250輌目に生産されたティーガーI から換装され、最高出力が700馬力に改良されたHL230P45が搭載された。エンジンのエアフィルターには油性湿式のものが用いられた。ほか、アフリカ戦線やロシア南部に配備された車両には乾式のファイフェル型フィルターが装備された。これは機関室リアパネルの外側上部に取り付けられており、冷却用吸気口とパイプで接続している。この乾式フィルターは1944年初頭に廃止された[8]。ガソリンエンジンはディーゼルエンジンにくらべて燃料が発火しやすく、防御上極めて不利だが、加速性能は同等の排気量のディーゼルエンジンより良好であった。エンジンの始動には車体のリアパネルに設けられた穴を通して、クランク、またはシュビムワーゲンの後部のプロペラシャフトと連結、もしくは小型の始動用の外部エンジンで始動した。エンジンの交換は、機関室上面に設けられた、グリルのあるハッチを開いて機関を吊り上げ、車外に搬出した。火災に備えて機関室には自動消火装置が装備された。電気検知式の温度センサーを備えており、摂氏160度以上で作動、消火剤を約7秒間放出する[8]。

その後、バルバロッサ作戦でドイツ軍が遭遇したソ連のT-34は、既成のドイツ戦車を時代遅れのものへ変えた。ヘンシェル社の設計技師だったエアヴィン・アーダース(Erwin Aders)は「ソ連軍の戦車が国防軍のどの戦車よりも優れていると判った時は皆仰天した」と語っている。ティーガーI はそれまでの試作重戦車を拡大した設計であって、後のパンター戦車と異なり、T-34と遭遇したうえでの機械的比較や戦訓をもととした、傾斜装甲などの革新的な設計は取り入れられていない。しかしながら装甲の厚さがこれを補った。

ティーガーI の生産を行うヘンシェル社工場ポルシェ社とヘンシェル社は試作車の設計案を提出し、実際に製作された車両は1942年4月20日のヒトラーの誕生日に、ラステンブルクにおいてヒトラーの前で比較された。ポルシェ案のVK4501(P)は、故障の多かった変速機を省略するため、エンジンで発電機を廻してモーターを駆動する電気駆動方式を採用し、サスペンションも外部にトーションバーを配置する簡易な設計であった。ヒトラーはこれに関心を示したが、モーターには不足していた銅を大量に必要とするためもあって堅実なヘンシェル案が採用された。ティーガーI ことVI号戦車E型の量産は1942年8月に開始された。なお既にポルシェ案の車体も90輌先行生産されており、これを流用してフェルディナントまたはエレファントとして知られることになる重駆逐戦車が製造された。

ポルシェティーガーには、通常に広く知られているティーガーI(ヘンシェル社型)と比較して多くの相違点が存在する。
当初は Pzkw VI Ausf. H の名称で開発されたが、後に Ausf. E と変更された。制式番号はSd.Kfz.181 である。「ティーガー」の愛称はフェルディナント・ポルシェ博士による命名であった。

本車の運用に当たる戦車兵などの兵士用に製作されたマニュアル『ティーガーフィーベル』[21]は、ティーガーIを「エルヴィラ・ティーガー」[22]、という女性に擬人化し(挿絵つき)、兵士のキャラクターがその世話をしながら口説くための恋愛入門書という図式でティーガーI の運用法を解説していた。

生産[編集]ティーガーI の生産は1942年8月に始まり[23] 、1944年8月の生産終了までに1,355輌が生産された。当初月産25輌のペースは1944年4月には月産104輌まで増加していた。保有台数は1944年7月1日に671輌に達したのが最高だった。通常、ティーガーI の生産には他のドイツ戦車の2倍の時間がかかった。改良型のティーガーII が1944年1月に生産開始されると、ティーガーI の生産は徐々にライン上から外された。

運用[編集]ティーガーI は、主要な敵戦車であるT-34、M4中戦車、チャーチル歩兵戦車を1,600m以上の遠方から撃破できた。対照的に、76.2mm砲を装備したT-34はティーガーI の前面装甲を零距離でも貫けなかった。側面装甲はBR-350P APCR弾を使用すればおよそ500m以内で貫けた。T-34-85中戦車の85mm砲はティーガーI の側面を500mで射貫できた。IS-2の122mm砲は、ティーガーをあらゆる方向から1,000mで撃破することができた。
M4シャーマンの75mm砲はティーガーI の正面装甲を零距離射撃でも貫けず、側面装甲も300m以内でないと貫けなかった。アメリカ軍の76mm砲は、一般的なAPCBC弾を使用した場合、いかなる距離でもティーガーI の前面装甲を貫けなかったが、供給量の少なかったHVAP弾を使用すれば1,000mで前面装甲を貫けた。シャーマン ファイアフライに使用されるイギリス製17ポンド砲は、APDS弾を使用した場合、1,500m以上で前面装甲を貫けた。
ただし熟練した搭乗員はティーガーI の装甲を増加させた。敵戦車に対して車体を斜に構えることにより、傾斜装甲と同じはたらきをつけたのである。正面装甲を敵に対して45度傾けた場合、敵弾が貫通しなくてはならない装甲は換算すると141mmになった。さらにこれに減衰効果が加わり、貫通は難しくなった。
通常、徹甲弾はその存速に貫徹能力を持つ。したがって戦闘距離が短くなればより厚い装甲を貫くことができる(第二次大戦ではほとんど使用されなかったHEAT弾を除く)。
ティーガーI の最高路上速度は38km/h、好敵手のIS-2の37km/hと同程度で、共にほとんどの中戦車よりかなり低速だった。ただし操縦性はティーガーの方が容易で優れていることは、両軍の報告書で明らかになっている。ティーガーI の初期型の最高速度は45km/hほど出たが、1943年秋にエンジンが改造された際に38km/hに落とされた。

ティーガーI の存在が連合軍兵士に与えた心理的影響は大きく、「タイガー恐怖症(タイガー・フォビア)」を引き起こした。連合軍兵士はティーガーI を見かけると立ち向かうよりも逃げ出したが、シュルツェン付IV号戦車のようにティーガーに似ているだけの戦車に対しても同様のことが起こった。ノルマンディー作戦では、1輌のティーガーを撃破するにあたり、側面や背面装甲を狙うため4、5輌のシャーマンが協力して攻撃した。ソ連のT-34もティーガーI を恐れた。それはまるで以前ドイツのIII号戦車がソ連の重戦車を恐れたのと同じであった。連合軍側で受け入れられた戦術は、一団となってティーガーに当たることであった。1輌がティーガーの注意を引き付けている間に、他が側面や背面を狙う。ティーガーI に搭載されている弾薬や燃料は、スポンソンに格納されているため、側面を貫通すれば撃破できることが多かった。しかしこれはリスクのある戦術であり、連合軍側は複数の戦車を失うこともあった。ティーガーの部隊を撃滅するには実に巧妙な戦術が必要だった。

]ティーガーIIティーガーIIPanzerkampfwagen VI Ausführung B "Tiger II" (Sd.Kfz.182)ティーガーIの発展型。更なる重装甲、重武装が施されている。ティーガーI の後継車輌として生産された。 ヤークトティーガーJagdtiger (Sd.Kfz.186)ティーガーIIをベースに開発された、128mm砲を搭載した駆逐戦車。Gerät 809ティーガーIIをベースとした対戦車自走砲。 17cm K72(Sf) カノン砲を搭載している。モックアップが1両製作されたのみであり、量産はされていない。シュトルムティーガーシュトルムティーガー38cm RW61 auf Sturm(panzer)mörser Tiger損傷を受けたティーガーIを改造して製作された、38cm臼砲を搭載した突撃砲。ベルゲティーガーBergetigerティーガーI をベースとした戦車回収車。ティーガーI の砲身部分をウィンチに換装している。ティーガーの様な超重量級の戦車を牽引するために、破損したティーガーI を現地の野戦修理中隊が独自に改造した車輌であり、軍に制式採用された物ではない。